丁寧な暮らしをする餓鬼 - 塵芥居士(著/文) | KADOKAWA
June 04, 2020更新【外部リンク】

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はじめまして。ユナイテッドヴァガボンズのジョイスです。
小社は東京の主要ギャラリーや個人のアートコレクター、編集者などが出資し合って設立した、アートブック専門の出版社です。2019年はアーティストの片山真理さんとChim↑Pom、画家の武田鉄平さんの作品集を3冊刊行しました。
小さな会社ですので、編集をはじめ、校正、進行管理、営業、プレスなども担当させてもらい、本を作る過程を全て経験できることになります。そのなかでも、企画が立ち上がるときのわくわくは忘れられません。これから作るその本は、いかなる形にもなりうるからです。そして、いい本を作るためには、キャスティング(人選)とお互いのシナジーに尽きると、身を持って実感しています。
ちょうど先週の3月19日に発表となりましたが、第45回木村伊兵衛写真賞(朝日新聞社、朝日新聞出版主催)を受賞したアーティスト・片山真理さんの初作品集『GIFT』の制作を開始した際にブックデザイナーをどうするかといろいろ悩んでいました。この作品集は片山さんのロンドンでの初個展に合わせて刊行することもあり、今後は彼女の海外での活動を拡張されることを見据えて、ヨーロッパやアメリカでも流通できる本にしたいと思い、海外のデザイナーを中心に候補を挙げていました。
そのときに出会った、直感的にかっこいいと思った本の表紙がありました。沈んだ青色のクロスに描かれた大胆なグラフィック、真っ黒に塗られた小口が目に惹かれました。また、出版社として一番驚いたのは、表紙に本のタイトルや文字が一切記載されていないことでした。
その本は、昨年東京オペラシティ アートギャラリーでも展示を行われた、フランスを代表する現代アーティストのカミーユ・アンロによる『Prehistoric Collections』(Manuella,2015年)という本でした。
奥付をめくって、本のブックデザイナーは「サイモン・ダラ」という人らしい。早速ググってみました。情報はほとんどありません。強いて見つけたのは、サイモンさんの学生時代のメールアドレスと彼のInstagramでした。このメールはもう使われていないかもしれないと思いながら、作品集の内容を説明してデザイン依頼のメールを送り、InstagramのDMにもメールした旨を伝えておきました。Instagramで仕事を頼むなんて自分も初めてでしたが、見事彼から返事が届きました。このように、片山さんの初めての作品集のデザインはこのパリを拠点する、サイモンさんにお願いすることになりました。
アーティスト、ブックデザイナー、出版社の3者で初めて打ち合わせを行い、作品集の方向性に対して様々なアイデアが出てきました。表紙は紺色か赤がいいと、そのあと何週間もかけてパソコンで試行錯誤して、クロスの見本帳をパリまで持って行き、ダミーを作成しました。最終的にこの硫黄色のクロスを採用したのは、本のタイトル『GIFT』はドイツ語の「das Gift」=「毒」を意味する言葉だからです。「毒」も「贈り物」も「与えられるもの」というように解釈できるそうです。
先述したロンドンのホワイト・レンボー・ギャラリーで行われた片山さんの個展に合わせて、『GIFT』の刊行を見届けるためにロンドンに行き、そして2019年11月に開催された、世界最高峰の写真フェア・パリフォトに片山さんの出展が決まり、またパリフォト―アパチャーファウンデーション・フォトブックアワードの最終選考にも選出されたおかげで、パリにも同行させていただきました。そしてせっかくヨーロッパにいるので、その後片山さんが出展している第58回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展の企画展「May You Live In Interesting Times」も一緒に訪れることになりました。
本の話から逸れてしまうのですが、ヴェネツィアで「アクアアルタ」という異常潮位の現象に直面しました。しかも、1966年に記録した194センチの水位に次ぐ、187センチの高潮が記録された日でした。私たちが泊まっていたエアビーの家の中にまで浸水してしまい、急いで荷物と片山さんの作品が入っているスーツケース、彼女の車椅子をベッドの上に避難させたとたんに、追い討ちをかけるように突然の停電すら起きたのです。
このブログでまだ片山さんの作品を紹介できていませんが、彼女は9歳で両足を切断し、それから手縫いの作品や自身で装飾を施した義足を使用したセルフポートレートやインスタレーションを制作しているアーティストです。義足は木と鉄でできているので、水に触れると錆びてしまう恐れと不安がありました。浸水していく部屋の中でどうしたらいいのかわからないまま、私たちは塩水に囲まれながら一晩を過ごしました。
このように、『GIFT』を作ったことをきっかけに、この本がこんなにもたくさんの旅に連れて行ってくれました。でも、足を運んでいたロンドン、パリ、ヴェネツィアよりも、片山さんや私、作品集の制作に関わっていた関係者が実際に行くことができない場所まで本が代わりに行ってくれていることを強く実感しているのです。特に本屋がSNSにも投稿することが一般的になってきた昨今、イギリス、ドイツ、アメリカ、カナダ、オーストラリア、台湾など、世界中の本屋が『GIFT』を置いてもらっていることをTwitterやInstagramで見られます。知らない場所で、知らない人が作品集を通して片山さんの作品を知ってもらっていることを想像して「ちゃんと届いている」ことを思うと、出版社/編集者として何よりも嬉しいことだと思います。
『GIFT』の制作で新しい出会いも、予想外のこともたくさんありました。刊行からちょうど一年間が経ちましたが、これからも次々と人々と繋がっていく本になることを願っています。『GIFT』は片山さんが私に、読者のみなさんに与えてくれている魅力的な「毒」であり、最高の「プレゼント」だと改めて思うのです。
はじめまして。光村推古書院の鎌倉未希子と申します。
光村推古書院は京都で明治20年に創業しました。美術書、写真集、京都に関する書籍を多く出版しています。
なかでも『京都手帖』は京都の書店で、毎年売上1位を取る弊社の看板商品です。京都の社寺などの行事予定を週間スケジュールページに記載した手帳です。おいしいもの、おすすめの雑貨のコラムも楽しく、読み物としてもとても面白いです。
『京都手帖』には「全国共通版」「京都限定版」の2種類がございます。中身は全く同じですが、表紙の柄が違います。「京都限定版」は京都府内でしか買えません。今年のカバーは「椿(緑)」「つばめ」(リバーシブルです)が京都限定版、「椿(ピンク)」「黒」が全国共通版です。竹笹堂さんの木版画のデザインを使用したカバーは、毎年とても可愛く、どちらにしようか悩むところです。ちなみに、わたしはピンクを使っています。限定版のつばめも可愛くて、どちらにしようか悩みましたが、つばめを社内で使う人が多かったのでピンクにしました。ピンクの手帖をカバンから取り出すたびに、明るい気持ちになります。
京都に住んでいなくても、京都を旅行する予定がなくても、書店で見かけたらぜひ手に取ってみてください。全国の書店で絶賛発売中です。
さて、2020年1月、「ジュンク堂書店京都店」が2月末で閉店という衝撃のニュースが飛び込んできました。私自身、ジュンク堂書店京都店に勤務していたので、かなり驚きました。大学生の頃、ジュンク堂でアルバイトをした事がきっかけで「書店で働く」ということに魅力を感じ、一度は全く別の業界の会社に就職しましたが、書店で働きたい気持ちが大きくなり再就職しました。当時は、今のようにパソコンもインターネットも普及しておらず、担当がどこに何があるかを頭の中で把握していて(歩く生き字引のような人がいました)曖昧な問い合わせも、あの手この手を使って調べつくす(最終段階で書籍総目録を引く)のが日常茶飯事で、お客様からの問い合わせがあればあるほど知識が増えていき、自分のものになっていくという充実感がありました。今は検索機でキーワードを入力したらポンと在庫の有無まで出てくるので便利ですが、不便な時代には不便なりの面白さと誇りがあったように思います。
先程ちらっと書いた「歩く生き字引」には色々なことを教わりました。「売りたい本の両隣の本まで買いたくなるような棚を作りなさい」だとか、「あれもこれも置きたいけど厳選しなさい」だとか(しかし返品する際は断腸の思いで「あなたも置いてあげたいけど、スペースがないの、ごめんね」と言って返品箱に入れるそうです)、「美しく並べて、かならず手がすっと入るくらいの余裕を残しなさい」だとか、とにかく本に対して愛情がいっぱいの人でした。その方の口癖は「手が空いたら、通りかかったら、気が付いたら、棚整理をしなさい」でした。棚のみだれは心のみだれと言っていたような記憶も・・・
そんな思い出の書店が、この京都からなくなってしまうのが本当に残念です。3月以降、四条通を歩いていて、「もうない」という現実に直面した時、ものすごい喪失感に駆られるだろうと思い、今から寂しい気持ちになってしまいます。
「毎日かあさん」が10周年 東京・神田神保町に大型広告 https://www.bunkanews.jp/article/113490/